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<ツインカムエンジンとは>
昔は一般的な実用エンジンといえばオーバーヘットバルブ(OHV)やシングルオーバヘットカムシャフト(SOHC)でした、これらのエンジンのカムシャフトをダブルオーバーヘットカムシャフト(DOHC)すなわち、1本だったカムを2本にしたエンジンをトヨタではツインカムと呼んだ。
ではこのカムシャフトが2本になると何が良くなるのか、それはSOHCのエンジンでは給排気バルブを作動させるカムシャフトは1本で、吸気排気弁の両方をカムレバーを介して開閉させているので、構造もメンテナンスも簡単だが、燃焼室の形状が限られたものになり、特に高回転になると給排気バルブの開閉運動が振動して追いつかなくなる。
ところがDOHCでは給排気バルブのそれぞれにカムシャフトを2本配置させることによってバルブの頭をダイレクトに押し開くことができる、このため構造は複雑になるが弁の配置と燃焼室の形状が自由になり、高回転でも安定してバルブの開閉ができるし、燃焼効率も向上する。(サージングも起こしにくい)
ツインカムはこのように高性能なエンジンのためため、昔はレース用エンジンやスポーツカーのエンジンでは使われたが、コストもかかるし、量産体制も確立されていなかったので一般車ではDOHCは使われていなかった。
<トヨタ初のツインカム、トヨタ2000GT>
トヨタにツインカムエンジン搭載の2000GTが誕生したのは1965年のことである。
エンジンにはトヨタ初のツインカムエンジン3Mエンジン(1988cc)を搭載、このエンジンはコストの関係もありレース用エンジンのように最初から開発されたのではなく、クラウン用のM型6気筒エンジンのシリンダーヘッド部をチエーンで2本のカムシャフトを駆動させるように改装し作られた、そしてこのシリンダーヘットはなんとヤマハ製なのだ!キャブはソレックス3連装で、日本発の4輪ディスクブレーキを装備し、その走行性能はまさに世界レベルであった。
2000GTは東京モーターショーに参考出品され一大センセーションを巻き起こした、そしてこの2000GTは発売前の2年間十分に公開テストされたのでした。
まずは、富士スピードウェイで行われた日本グランプリ、このときのエンジンはもちろん3Mエンジンをチューニングし、市販用では150psだが200psまで上げられ回転は常時7000rpm以上が使われた。
このグランプリでは純粋なレース用に作られた車と戦い3位に入賞した
しかしトヨタとしてはもともと公道を走るための車なのでヨーロッパなどでやっているような耐久レースの方が適していると考え、これが動機となって、鈴鹿、富士に1000km耐久レースが生まれ、耐久レースにおいては常勝マシンとなった。さらに、谷田部高速試験場で行われたスピードトライアルでは連続1万6千キロを78時間で走りきって3つの世界記録と13の日本新記録を打ち立てた(その時の車が写真の黄色と緑のツートンの2000GTだ)
<初の大衆車ツインカムトヨタ1600GT>
2000GTは本当にいい車だが1967年に240万円もした、この年代にこの値段では一般のスポーツカーファンには手が届かない、いくらいいエンジンの車でも夢のまた夢ほとんどの人がこの技術を体感することはできないのである。
そこで一般の人にもツインカムを体感してもらおうと放った第2弾ツインカムがトヨタ1600GTだ!
ボディはお金をかけずコロナハードトップそのまんまで、スポーツシート、5速ミッションそしてエンジンは1600cc4R型のエンジンのヘッドをヤマハでDOHCに改装した9R型ツインカムエンジン、ソレックス2連装でなんと、リミテッドスリップデフまで付いていた。
安物ボデーにバリバリエンジン、まさに”羊の皮をかぶった狼”の元祖ともいえる車である。しかしこの車は1967年8月からちょうど1年間しか販売されていない。
<長期大量生産ツインカムエンジン>
第3弾のツインカムは1969年10月に発売されたマークU1900ccGSSだ、これも8R型エンジンをDOHCに改装した10R型である。
このエンジンはその後ボアアップされ長い間いろいろな車に搭載され親しまれてきた2000ccの”18R-G”となる、しかし高回転になると振動も大きくレスポンスもいいものではなかった、だが一般道を走るのにはDOHCの加速も体感でき、かつ乗りやすい物となっていたようだ。
そしていよいよ次に作られたのが1970年から長期にわたって販売され多くの人が手にすることができた2T−Gだ!
あの爆発的に売れたセリカに搭載されデビューした、同時にカリーナという兄弟車を共通パーツで生産しコストダウンに成功し、搭載エンジンは1400と1600のOHVの2本立てプラスGTに2T−Gエンジンをを設定した、また購入時内外装の色を自由に選ぶことができた。
このセリカに積まれた2T-Gも2T型エンジン(OHV)のヘッドを改装したものだが、ヘッドとのマッチングが良かったのかレスポンスもいいlし高回転でも振動も少なく、アクセルをいっぱい踏めばソレックスの心地よい音とともに7000rpmぐらいまで背中を押し付けられるくらい、ぐいぐい引っ張ってくれる、あの快感は今でも忘れられない。
では一般道を普通に走るのにはどうだったかと言うと、これまた乗りやすいものだった。2T−Gは耐久性や乗りやすさを重視し持っているパワーを大きく押さえて作られたエンジンだった、その証拠にラリーやレース用に作られた2T−Gは160ps以上の馬力を出し、レースでは1600ccクラスの敵がいなくなり、ついにグランプリで2000ccのツインカム”スカG”でさえ負かした。
これだけのパワーを持ちながらパワーを落とし乗りやすさを追求したトヨタの戦略は成功し多くのファンを増やし信頼を得た。
その後大衆車のカローラとスプリンターに2T−Gを搭載しオーバーフェンダーをつけた車を発売した!この車はカローラレビン、スプリンタートレノと名ずけられた。
軽い車に2T−Gを乗せすごいパワーウェイトレシオをたたき出し加速ではセリカよりも速く国内外のラリーなどでも活躍した。又価格が比較的安いので大人気だった。
次にモデルチェンジされハッチバックになったレビン、トレノやセリカにも2T-Gは搭載されたが、自動車業界には排気ガス規制の時期が迫っており、ソレックスは取り外され初期の電子燃料制御装置が取り付けられた車が出始めた、しかし他社にいくつかあったツインカムエンジンは排ガス規制をクリアする技術力がなく撤退していった。そして1979年に排ガス規制の大きな壁を乗り越え完全に完成された電子燃料制御装置(EFI)を搭載し2T−Gは2T-GEUとなり完全に復活した。
このエンジンは110ps/6000rpmと5ps2T-Gより馬力は下がったが寒冷時の始動性やアイドリング時の安定性は目を見はるほど良くなり、若者にも人気を得てこれから先、EFIを搭載したツインカムエンジンが次々に開発されていったのである。
<バブルとともに突入して行った馬力競争>
1979年2代目セリカがマイナーチェンジされた頃トヨタではGTと名がつく車には2T-Gか18RGのツインカムエンジンが搭載されていた、だが他社の車はGTと名がついた車でもツインカムエンジンは、まだ搭載されていなかった。
ここに目をつけたトヨタは誇らしげに、「ツインカムでなければGTは語れない」と言うセリカのCMを流した、その後日産から排ガス規制を克服したDOHCエンジンFJ20型を搭載したスカイラインが復活した。2.0リッター4気筒4バルブで150ps/6000rpmをたたき出す。
日産自動車やスカイラインファンにとっては、待ちに待った車が登場し2T−Gを越えたエンジンと言うことで「4バルブでなければGTは語れない」というトヨタへの戦線布告とも言えるCMを流した。
この頃を皮切りに日産とトヨタは、他の自動車会社も巻き込み馬力競走そして高級車競争へと発展して行きバブルの時代へと突入して行った。
バブル期トヨタでは日産に負けない馬力のエンジンを作れと上層部から指令が出ていたそうだ。
そしてバブルがはじけた今、安全な車の開発や、オゾン層破壊などによって環境にやさしい車を開発したり、ごみ問題の為に各部品のリサイクルができる車を研究したりと、自動車メーカーもやっと正しい道を歩き始めたように思う、これからは本当の意味でのいい車作りをして行ってもらいたいものである。 |